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【校長ブログ】成人式
昨日は「成人式」であって、全国のイベントをNHKニュースなどで垣間見ることが出来ました。地域によっては80万円もかけて衣装を整えている若者もいて、当時、そんなお金はどこにも無かったなぁとの感を抱いたところでもありました。また、大学生であった私は、後期試験の真っただ中におりまして、成人式に行こうという気さえおきておりませんでしたが、成人式に行くと何かしら記念品がいただけるとの情報があり、さもしいですが、記念品だけは頂こうとジャージ姿の上、自転車で市民会館まで、出かけていきました。結局、当時、「祝・成人・大宮市」と印刷された普通のアルバムを頂いたのですが「これが、記念品かぁ・・・。じゃあ、無理して行かなくても・・・かな?」なんて思っていました。帰宅すると、母親から「ここまで、大人になれて良かったね。」と、存外、喜んでくれましたので、そのアルバムをあげることにしました。「何か、貼ってください。」と言いながらでしたが、そのアルバムもどこかにいってしまっていると思います。
さて、昨年度も書きましたが、成人式では三大新聞と言われるところには、SUNTORYという会社が伊集院静のエッセイを掲載しておりまして、残念ながら鬼籍に入られたので、今年は誰が執筆するのだろうと思っていました。
今年から、劇作家の三谷幸喜が書かれておりました。三谷幸喜と言えば、大河ドラマも3本も書いておりますし、色々な話題の映画、ドラマの作家として夙に有名であります。三谷は私よりも少し、年齢は上で、N大学の出身でありますが、なぜか、私が学生時代に私の大学の演劇の劇作家として、大学ホールに寝泊まりされておりました。ですから、三谷の作品には、私の大学出身の役者が何人か出演しており、あんな、汚いホールで、胡散臭い演劇論をけたたましく話していた人たちが今では、有名な俳優になっているのですねと感心します。他にも映画監督の方も、当時、映画表現論という講義をされていた蓮見重彦教授を頼って、モグリで講義を受けていた人たちが、立派な演劇人になっております。私もミーハーでしたので「映画表現論」という講義を取っていましたが、年間200本の映画を観るという宿題がありまして、どうにかこうにか単位をいただくだけで終わりました。
話を三谷のエッセイに戻しますが、「60代になって思うことは、自分という人間がビックリするほど未完成であることに気づいた・・。」という行がありましたが、私自身もその通りだと思います。
ただ、抗弁すれば、昔は、価値観が一元化していて、年を取ってきて、その基準にのっていれば、何となく「自分の人生は成功かしら・・・。」なんて思える規矩があったように思うのですが、正解のない、この時代においては、日々「これで良いのかな?」という迷いながらの生活なので、いくつになっても「未完成」なのではないかと思うのです。しかしながら、価値観が一元化していないので、いくつになってもまだ、成長できるかなと思えることは良いことでもあるかもしれません。
18歳成人と言われて、久しくなりましたが、もう18歳で成人式を実施する自治体の話は全く出なくなりました。やっぱり、20歳成人式が日本にはしっくりいくのかなとも思ったりします。でも、全日制にしても定時制にしても18歳からは大人です。しっかりとすべきところはしないといけないと思います。三谷流に言えば「おそれず、挑戦しよう!」ということです。成人の皆さん、おめでとうございます!!