【校長ブログ】善の研究

 皆さんは「善の研究」という哲学書を読んだ方はいらっしゃいますか?これは、西田 幾多郎(にしだ きたろう、1870年5月19日ー 1945年6月7日)の著したものです。いわゆる「京都学派」の創始者と呼ばれております。京都大学名誉教授で、当時は「哲学を学ぶなら京都大学」といわれてました。西田の哲学体系は西田哲学と呼ばれ、郷里に近い国泰寺での参禅経験(居士号は寸心)と近代哲学を基礎に、仏教思想、西洋哲学をより根本的な地点から融合させようとしてました。

 最晩年に示された「絶対矛盾的自己同一」は、哲学用語と言うより宗教学での用語のように崇められたり、逆に厳しく批判されたりもしました。その要旨は「過去と未来とが現在において互いに否定しあいながらも結びついて、現在から現在へと働いていく」、あるいは、鈴木大拙の「即非の論理」(「Aは非Aであり、それによってまさにAである」という金剛経に通底する思想)を西洋哲学の中で捉え直した「場所的論理」(「自己は自己を否定するところにおいて真の自己である」)とも言われております。そこには、行動と思想とが言語道断で不可分だった西田哲学の真髄が現れています。

 具体的に、西田の考える哲学の根本は①善とは一言にていえば人格の実現である。②衝突矛盾のあるところに精神あり、精神のあるところには矛盾衝突がある。③自己が創造的となるということは、自己が世界から離れることではない、自己が創造的世界の作業的要素となることである。

 煎じ詰めると、物事は二項対立で表すのではなく、全ては融合と実際の行動によるものであるということではないのかと思っております。私は大学時代にこの方の孫である教授に「教育哲学」を学びました。3,4年次生対象とされていた講座でしたが、1年次のうちから教員を志望していたので、1年次で履修し、この単位をいただきました。1年次で「教育哲学」の単位をもらえたのは多分、私一人であったのではないかと思い、そのことで自信をつけて、教職に向かって勉強が出来たのではないかと信じています。

 皆さんも〇〇教授について学びたいなんて思って大学選びをしていただいてもよろしいのではないかと思うことがあります。参考までに・・・。